よく仕事でも私生活でも困ったことがあったらヘルプを出しましょうという話を聞きます。困っていても一人で悩まないで「助けて」と声をあげることで、助けを得て他の人と共有して乗り越えていきましょうという話。

私もこの「助けて」と声に出していくことはとても大事だと思っています。生きていく上ではいろんな悩みが出るでしょうし、そのなかで自分で解決できるものと、そうじゃないものがある。そうじゃないものについては遠慮なく助けを求めていいと思っています。

ただ、たまに思うのが「助けて」っていうこと自体が実は困っている人にとっては難しいことであったりするのではないかということです。というのも、孤独死やDVの問題でも「助けて」って言えれば何か展開が変わっていたかもしれない。でも、それを言わずに残念な結果になっているのを思うと「助けて」という言葉は簡単に声に出せないものなのかもしれません。仕事でもそうです。とても大変な仕事をしていて、辛いんだけれどもなぜか「助けて」と言いにくいことってないでしょうか。

そこで私はその「助けて」を見逃さないアンテナの感度をあげるようになりたいと思います。カウンセリングの仕事では来ていただいた方にしかカウンセリングという支援はできないのですが、例えば家庭でかみさんや子供が困っていそう、大変そうなところをこちらから感じ取って「なにか手伝いをしようか」と言えるようになれたらいいなと思います。子供の教育の観点では言ってくるのを待つという姿勢も場合によってはありなのかもしれませんが、相手の大変さ、辛さに無関心であるという風にはなりたくないと思います。

辛くないだろうか、辛くなっていかないだろうか、声をかけてほしいと思っていないだろうか。そんな慮りを周りに配る、すなわち配慮を忘れないようにしたいと思います。